市人が暮れなずんできた公園を歩いていると、花壇の中に人がいるのに気がついた。クラスメイトの朔美だった。
朔美は先週の月曜日に転校してきた生徒だった。
朔美はスコップで地面を掘っていた。それから掘った穴に、小さなバックから何かを取り出しては播いていた。
土をかけた後、朔美はきょろきょろ周囲を見渡した。自分を見ていた市人に気がつくとギョッとした顔をした。
朔美は市人を睨みつけ、「ちょっとこっちに来て」と命令した。有無を言わさない声だった。
「あなた、どこかで見た事あるわね」
「クラスメイト」
朔美はバッグから黒い粒を取り出した。
「手を出して」
市人はおずおずと右手を差し出した。朔美は一粒を市人の掌に落とした。砲丸を小さくしたような丸い粒だった。
「これを播いてたのよ。一粒あげるから、種を播いていた事は秘密にしておいて」
「どうして」
「どうしても」朔美は苛立たしげな口調で言った。「誰かに言うと、恐ろしい事が起こるわよ。あたし、魔女だから」
「ま、魔女?」
「ほんとよ。この事を誰かに言えば、恐ろしい事が起こるわよ」
そのとき猫の鳴き声が聞こえてきた。
市人は声の方向に目を凝らした。
一匹の黒猫がいた。
まだ猫の目が光るような時間ではないと思っていたが、薄明がやってきた中、黒猫の目が妖しく光っていた。
朔美も猫を見ていた。猫の目を見ながら今度はつぶやくように言った。
「あたしは魔女なのよ…」
確かに黒猫は魔女の使いだったと市人は思い出した。
「誰にも言っちゃ駄目よ」最後に念を押し朔美は歩き去った。
夕方は急速に夜に変わっていった。その夜の闇に吸い込まれてしまったように黒猫の姿も見えなくなった。
翌朝市人は起きてから種を見てみると二つになっていた。同じ大きさのものがもうひとつ出来ていたのだった。
市人は学校に行くと朔美を探した。
朔美はいつも一人でつまらなそうに席に座っているのだが、まだ登校してきていなかった。始業のベルが鳴っても来なかった。
休みかなと思っていると担任から、「朔美さんは家庭の都合で転校しました」と言われた。別れの挨拶も何もなかった。
市人は学校帰りに、朔美が種を播いていた公園に行ってみた。
黒猫がいた。
朔美と一緒に見た黒猫かもしれなかった。市人と目が合うとまたニャアと鳴いた。
その後ろにもそっくりな黒猫がいた。朔美からもらった種が二つになっていたように、いつの間にか黒
猫も二匹になっていた。
二匹揃ってニャアと鳴いた。(了)
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