【1000文字小説】帰路のキック



心の中でカチャーンと呟きながらマジックテープで貼り付ける。ホームセンターで買った重さ一キロのパワーアンクルだった。まずは左足、そして右足につけ終わると立ち上がってアパートを出て、自転車に乗り力強く漕ぎ出した。会社までの二十分間、ひたすらペダルを漕いだ。九月半ばの陽射しは緩やかだったが、会社に着く頃にはうっすらと汗ばんでいた。
午後六時過ぎ、仕事を終えて会社を出ると自転車に乗りまたアパートへ向かう。月・水・金曜日は通い始めてから一年になる、週に三回の空手教室があった。今日は木曜日、早く明日にならないかと待ちわびながら自転車を漕ぐ。
帰路の途中コンビニに寄った。十分ほど立ち読みをした後、唐揚弁当とブルーベリーヨーグルト、ビールを二本買って店を出た。騒がしい。駐車場の一角で若者達が一人のサラリーマンを怒鳴りつけていた。サラリーマンはいかにも気の弱そうな五十年配の男性で、時折小突かれてはただおろおろしているばかりだった。時折通る通行人はみな知らん顔を決め込んでいた。
彼は、ここぞとばかりに「まあまあ」と言いながらその中に割って入った。空手の成果を示す時は今だ。彼は一年前、やはり若者達にからまれ、殴られ蹴られ、幸い骨折などはなかったが、一ヶ月ばかり痛みが消えなかった。犯人は捕まっていない。それから空手を習い始め、復讐を誓ったのだった。
「何だ、お前」「引っ込んでろ」と若者達は口々に言う。こんなときの為に言う台詞も決めてあった。「かかってこい」
ドスを聞かせた声を練習していたのだが、いざ本番となると緊張して声が裏返った。それを聞いて若者達は素直にかかってきた。
かかってくる若者の膝にサイドキック。若者は呻き声を上げて崩れるはずだったが、足が重い。パワーアンクルをつけたままだった。「ちょっと待って」と言ったが「うるせえ」と一蹴された。若者の一人が放ったこぶしが彼の鼻っ柱にめり込んだ。「ブギャア」と練習にはない台詞を吐いて彼は顔を抑えた。鼻血が出た。
するとおろおろするばかりだった年配の男が「一人」と言いながら若者にいきなり目突きをくらわした。「うわぁ」すぐに金的を蹴り上げた。振り返り様一人にまた目突きと金的。「二人」と叫んだ。軽やかなステップで「三人」と言いながら腹に蹴り。倒れた顔を踏みつけた。「四人」と言ったときには残りの三人は逃げ去っていた。彼はただ呆然とその様子を見つめていただけだった。(了)


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