【1000文字小説】ふわふわと飛び回る
学校からの帰り道、街路樹のツツジの枝に紐がくくりつけられた真っ赤な風船を亜季は見つけた。
風船の長い紐の先には手紙がついていた。
手紙には、『この子をおねがいします』 とたった一行だけ手書きで書かれていた。小さい子が書いたような拙い字だった。
この子というのは、この真っ赤な風船?
どういう事?
この風船の面倒をみてくれという事?
亜季は風船を木からはずした。紐を握って風船を見つめると、風船は左右にゆらゆらと揺れた。それからぐるぐるぐるぐると回った。
ほとんど風の無い日だったが、風船は不自然な動きをして勝手に動き続けていた。
生きているみたい。
亜季がもう一度手紙を見ようとしたとき、手が緩んでしまい風船の紐がするりと抜けてしまった。
あっ、と思って亜季は慌てたが、風船は生きていて自分の意志を持っているかのように、上昇して行かず亜季の周りをふわふわと飛び回っていた。
やっぱり生きている!
この風船は、生き物だ。
手紙に書かれたこの子とは、やはりこの風船の事だ。この風船の面倒をみてくれという事なのだ。
捨て猫や捨て犬のように、捨てられてしまったのだろうか。
ようし、飼ってやるぞ。
アパートはペット禁止だが、風船が駄目だなんて規則はないはずだ。
帰ったとき、父や母や兄がこの風船を見て驚く顔が目に浮かぶ。
歩き出すと風船も亜季の周りをふわふわと飛びながら着いてくる。
名前は、風船のフウをとってフウ太と決めた。雄か雌かなんてわからなかったが、なんとなく雄のような気がしたのだった。
「あなたの名前はフウ太だよ、いい?」
亜季は風船に向かって言った。
フウ太は名前をつけてもらって嬉しがっているように、ふわふわと飛び回る。
「フウ太、さあ、これから一緒に家に帰ろう」
犬や猫じゃないけれど、念願のペットができたのだ。
朝と夜には散歩させよう。食事も三食きちんとやろう。でも、何を食べるのかわからない。やはり空気だろうか。ヘリウムだろうか…。
そんな事を考えながら歩いていると、突然、バーンという破裂音が響いた。
亜季は驚いて音の方を向いた。
フウ太の姿が見えなかった。
「フウ太?」
嫌な予感がした。
道路に、ぺしゃんこになった赤いゴムが落ちていた。
「フウ太!」
亜季は慌ててフウ太に駆け寄った。
「フウ太」
何かに引っかかって割れてしまったのか。
「フウ太」
亜季はフウ太を拾い上げた。
風船の口から空気を入れて膨らまそうとしたが、空気が漏れて少しも膨らまなかった。(了)
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