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【1000文字小説】ふたりで見た

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並んで歩いていた彼女が立ち止まった。彼女の大きな瞳は秋の晴れ渡った空を見つめている。 「冬樹、ほら、UFOが飛んでる」 冬樹は、彼女の視線の先に目をやった。彼女の見ているものはすぐにわかった。オレンジ色に光る物体がジグザグに飛んでいた。 「本当だ。UFOだ」 「飛行機じゃないよね」 「うん。飛行機じゃない」 飛行機にしては飛び方がおかしい。飛行機はどんなに努力してもジグザグには飛べない。鳥にしては大きすぎるし、オレンジ色に光ったりはしない。 二人は並んで立ちながら、その飛び回る様を見つめていた。すぐに消えてしまうと思っていたが、それらは中々消えなかった。 消えないどころか、もうひとつの発光体が現れた。今度現れたのは青い色をしていた。最初に現れたオレンジ色の発光体よりも若干大きいように見える。新たに現れた青はオレンジを追いかけ始めた。 「鬼ごっこでもしているのかな」 「何か、楽しそう」 「そうだね」 しばらく飛び回っていた二つの発光体はまずオレンジ色が消え、それを追いかけるように青も消えた。消えてしまった発光体は二度と現れなかった。 彼女は消えた空を名残惜しそうに見つめていた。発光体が消えたのをきっかけにしたように、空は暮れ始めたと思うと見る間に暗さを増していった。 「じゃ、また明日」 「うん、じゃあ、また」 冬樹は彼女と別れて家路についた。家に帰ってテレビをつけると、誰かが撮影した映像がテレビのニュースでも放送されていた。YouTubeにもかなりの数が投稿された。 翌日の学校はUFO騒ぎで盛り上がっていた。 「すごかったよな」 「宇宙人っているんだよな」 「俺、宇宙人にさらわれたことあるぞ」 目撃した生徒たちは自慢げに話し、見損なった生徒たちは羨ましそうにその話を聞いていた。みんながみんな興奮していた。喋る事によって更に興奮が高まるようだった。 冬樹は隣の席の詩子に話しかけた。 「昨日のUFO、すごかったよな」 「うん。テレビで何度も見た。でもあたし、実物は残念ながら見逃しちゃったの」 「え? 一緒に見たじゃないか」 詩子は訝しそうな顔で冬樹を見た。話が噛み合ない。だが、よく考えれば、昨日一緒に見たのは詩子ではない。何故かそう思ってしまっていた。 では

【1000文字小説】仮面ライダーV2024

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 サトミは自分の握りこぶしが入りそうなほどの欠伸をひとつした。二重の切れ長の目に涙がにじむ。置き時計の青いLEDの数字は午前1時12分を表示していた。  この時期一体何人の受験生が自分と同じようにこうやって眠い目をこすりながら机にしがみつき、大学受験の終わった後はあまり役に立ちそうにもない勉強をしているのだろうとサトミは思った。眠りたいときにはとことん眠り、遊びたいときにはひたすら遊び、勉強は余った時間でしかやらない、そんな友人をサトミは2人持っているが、2人共自分より成績が良いのが気に食わない。受験勉強はいやだけれども、だからといって止めてしまう気にもなれなかった。自分が受験するのを止めても他の受験生が喜ぶだけだと母は言った。その通りだとサトミは思った。  サトミは2階の勉強部屋から1階へと降りた。寝室では父と母が寝ている。父の鼾が聞こえた。キッチンでお湯を沸かし、熱湯をカップめんに注いだ。3分間きちんと時間を計って食べた。カップめんの容器からはスチレンダイマーとかスチレントリマーが溶け出しているんだろうかと思いながら食べた。環境ホルモンで生物がメス化しているというが、自分は元々女だからいいやと思いながら食べた。おいしかった。  食べおわって勉強部屋へ戻り、再び勉強をはじめてからややあって、オートバイのエンジン音が聞こえてきた。その音を聞いてサトミは、タテイシさんちのお兄ちゃん、遅くまで頑張ってるなと思った。安眠を妨害する音に誰も文句は言わない。正義の味方のバイクだからだ。  タテイシさんちのお兄ちゃんは改造人間である。現在では司法試験よりも難しい国家改造人間第1種試験に合格したタテイシマサルは国家公務員として無事改造され、2024番目の仮面ライダーになって日夜ショッカーと戦い続けているのだ。  自分も仮面ライダーになりたいなとサトミは思った。仮面ライダーになって正義を守るのだ!!  ……いけないいけない。夢と現実は違うんだから、とサトミはこぶしで頭をこつこつと軽く叩いた。そしてまた参考書と格闘をはじめたのだった。  ベッドに入ってからサトミはもし結婚して子供ができたら、子供を仮面ライダーにしたいなあ、と考えた。国家改造人間第1種試験の合格者は男性が多いから、できるなら男の子を産みたいと思い、でも将来メス化が進んだら女の仮面ライ

【1000文字小説】月に手が届く

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塾帰りの明が駐輪場に自転車を止めマンションの棟内へと入ると、エレベーターのドアが閉まる寸前だった。中にいた人がボタンを押したのか、閉まりかけたドアが開いた。明は「すいません」と言いながら慌てて乗り込んだ。 背の高い四十歳前後の見知らぬ女性がいた。細面で聡明そうな女性だった。女性は「二十階よね」と言った。奇麗なソプラノだった。 「え?」 「二十階よね」 よく通る声で繰り返した。二十階のボタンだけが点灯している。 「は、はい」 明は返事をしながら、怪訝に思った。自分の事を知っているのだろうか? 今まで見かけた事はないが、同じ二十階の住人で、それで知っていたのかな。 二十階に着くと「どうぞ」と女性に促されて明が先に降り、女性が続いた。 明はちらっと後ろを振り返った。女性はエレベーターの対面にある階段の方へ向かって行き、明の視界から姿を消した。 これから屋上へ行くのだろうか? このマンションは二十階が最上階で、上には四方をフェンスで囲まれた屋上があるだけだった。 明は引き返すと、はたして階段を上っている女性の姿が目に入った。 いつもは鍵がかけてあり開かないはずのドアを難なく開け、女性は屋上へと出ていった。 鍵を持っていたのだろうか。これから天体観測でもするのだろうか。 明も階段を上がり、ドアを開けようか迷っていると、不意にドアが開いたので驚いた。出てきたのは先程の女性ではなく、明と同年齢ぐらいの女の子だった。明は胸がどきんとした。女性に似ている気がしないでもなかった。 明は後ろめたい事が露見してその言い訳でもするようかのように「あ、あの」と声を出したが、女の子は明に見向きもせず脇を通りすぎ、階段を降りていった。どういった靴を履いているのか知らないが、やけに響く靴音が聞こえた。エレベーターを使わないで降りているらしく、その音は随分長い間聞こえた。 女の子があらかじめ屋上にいたから、鍵が開いていたのだろうが、では女の子はどうやって屋上に入り込んだのだろう。 明は屋上に出た。思ったほど暗くはなかった。剥き出しのコンクリートが月からの光を受けてぼんやりと浮かび上がっていた。 誰もいなかった。飛び降りたのだろうか。だが明は地上を伺う勇気はなかった。 明は地上を覗く代わりに空を見上げた。くっきりと浮かん

【1000文字小説】三年ぶりの再会

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弘明が絵里の姿を見かけたのは三年ぶりだった。 絵里は三歳ぐらいの女の子に手を引っ張られ、弘明のいたファーストフードショップへと入ってきたのだ。 絵里は商品の置かれたトレーを持って客席を見渡し東側の席に着いた。一番奥の席に座っている弘明には気づかない。 どこかあどけない表情は子供がいる今も変っていないと弘明は思う。 三年前、弘明はプロポーズした。が、どうにも絵里が煮え切らない。そのうち絵里がもう一人つきあっている男がいることがわかった。 弘明は激怒したが、絵里はそれほど罪悪を感じている様子もなく、弘明とはあっさりと別れた。絵里はその男と結婚し子供も生まれたという。が、別れた後も絵里を忘れられなかった。 その後弘明は仕事の都合でこの街を離れることになった。絵里のことを忘れるいいきっかけだと考えた。この街に戻ってきたのは一ヵ月ほど前のことだった。 弘明は決心したように立ち上がり、絵里の座っている席へと歩み寄り、躊躇いがちに声をかけた。 娘にばかり気を取られていた絵里は驚いたように顔を上げたが、弘明の顔を確かめると「あ、弘明」と三年前と同じように、屈託なさそうに笑った。 「元気かい」 「ええ」 「座っていいかな」 「どうぞ。娘なの。ほら、里美、挨拶しなさい」 里美は「こんにちは」と言った後、すぐにまた食べることに集中した。 母親似だな、と弘明は思う。 目のあたり、輪郭の線、口もとなどそっくりだった。髪も絵里同様ショートカットにしているので、余計そう見える。 お互いの近況をしゃべりあったが、夫の話題が出ないので弘明は話の接穂に、「旦那さんは元気かい」と尋ねた。 絵里はすぐには答えなかった。 やはりどこかとがめるような響きがあったのだろうか、と訝しく思っていると、絵里は躊躇いがちに言った。 「死んだの。もう一年になるわ」 「知らなかった、ごめん」 「別に謝ることはないわよ。交通事故だったんだ。……弘明はまだ一人でしょ?」弘明の左手の薬指を見ながら言った。 「僕? ああ、そうだよ」 絵里は、許してくれているんでしょう、というような目をして弘明を見つめた。 弘明にはかつて二人の間にだけ存在した濃厚な空気が、今また蘇ってきたように感じられた。 里美があどけない顔をして尋ねた。

【1000文字小説】質問をする者

彼は午前十時にやってくる。きちんと遅刻もせずにやってくる。月曜日から日曜日までの毎日、空の青がどこかにピクニックにでも行こうよと誘うような日でも、傘が折れ曲がりそうになるくらいの激しい土砂降りの日でも、十年ぶりの大雪が降りましたといってテレビが道ゆく人の誰かが転ぶ姿を映し出すような日でも、原子時計のように正確に午前十時にやってきては彼女のマンションの玄関のチャイムを鳴らすのだった。 彼女は建売り住宅の営業をやっていて午後十時を過ぎないと帰ってこない夫と、幼稚園児の五歳になるあまり喋らない娘と、郊外の三LDKのマンションの七階に住んでいる。その極めて平凡で何の取り柄もない彼女の許に、彼は毎日インタビューにやってくる。 インタビュアーである彼は毎日彼女に三つの事柄を質問する。一つでも二つでもなければ四つでも五つでもない。三つだけ質問をする。感情のこもらない無機質な声で淡々と質問をする。昨日の質問はこうだった。  「あなたの愛読書は何ですか」  「あなたが六十歳になった時何をしていると思いますか」  「自分の子供を叱らない親についてどう思いますか」 質問の内容は毎日変わる。三つの質問はいつも何の関連もないように思えるが、彼女が気づかないだけで本当は何か繋がりがあるのかもしれない。そういった質問に対し彼女はよくわからないわと答えたり、興味ないといったり、いい加減で無責任な意見を述べたり、滅多にない事だが時には真面目に十分以上も答えたりする。 彼は彼女とのやり取りを最初から最後までテーブルの上に置いた小型のICレコーダーで録音する。左手にメモ、右手にはボールペンを持って彼女の答えを聞きながら時折何やら書き込む。彼女の答を書いているのか、それとも全然違う事を書いているのか、覗こうとしてもうまく見えた例しがなかった。 インタビュアーは彼女の夫でも父親でも母親でも祖父や祖母や子供でもない。叔父や叔母やいとこや親戚の中の誰かでもなければ友達や学生時代の同級生や先輩や後輩でもない。彼女のどこかがおかしくてその様子を調べる医者やカウンセラーでもない。彼はただのインタビュアーだ。それ以上でもそれ以下でもない。 彼が何者なのか何でいつも遅刻もせずにやってくるのか質問の目的は何なのか彼女の答えは何かの役に立っているのか分からないことはいっぱいあるが彼女は質問する

【1000文字小説】拾ったはいいが…

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「ちょっと、お父さん」 いつものように早朝のウォーキングをしていた青木夫婦の妻三千子が夫の敏充に声をかけた。途中まで並んで歩いていたのだが、いつのまにか三千子は道端のゴミ置き場にいて声をかけたのだ。 「どうした」 敏充は首に巻いたタオルで額にうっすらかいた汗を拭いながら三千子の側へ歩いて行った。二人が並ぶと驚くほど体型が似ていた。結婚当初はそれほどでもなかったのだが、三十年も連れ添っているせいか本当に良く似ていた。食べるものは同じだし、ウォーキングをするにせよ他の運動をするにせよ大抵仲良く二人でやっていたので似てきたのかもしれない。 朝の早い時間のせいで、出されているゴミの袋はいつもの半分以下だった。そのゴミ袋の中から、真新しいスポーツバッグを三千子は引っ張り出していた。 三千子は鼻腔を膨らませ、興奮した面持ちだったが、声を潜めて言った。 「これ、見てよ」 敏充が半分開いたチャックからスポーツバッグの中を覗くと、札束がギッチリと入っていた。バッグはパンパンに膨らんでいる。 「これ、お金じゃないか」 「うん、お金」 「偽札じゃないのか?」 本物かどうか敏充は疑問に思う。こんなに大量にあるなんて、どう考えてもおかしい。偽札が捨てられていたとたまにニュースでやっている。これも偽札ではないのか。敏充は札束から一枚抜き取り、日にかざして見た。 「うーん」 敏充が見る限り、偽札には思えなかった。本物だろうか。これが本物だとしたら、一体いくらになるのだろうか。 「お父さん、これ、本物っぽいわねえ」 さて、どうしたものか。 敏充は思案する。 警察に届けるべきだろうか。 届ければニュースになるだろう。我々夫婦の名前は出ないだろうが、それでも近所の人には気づかれるかもしれない。それで、ねこばばしたとか何とか陰口を言われるかもしれない。本物だとして、持ち主が現れて謝礼として何割かもらったりして、それを妬まれたり羨ましがられたり。嫌がらせの電話とかかかってきたり…。 「どうするの?」 「どうしよう」 幸い辺りに人影はない。だがここでぐずぐずしていれば人の目に付くだろう。とりあえず敏充はバッグを持って歩き出した。三千子も並んで歩く。 「さて、どうしよう」 こういったお金が度々落ちているとは思えないが、