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2013/09/12

【1000文字小説】質問をする者

彼は午前十時にやってくる。きちんと遅刻もせずにやってくる。月曜日から日曜日までの毎日、空の青がどこかにピクニックにでも行こうよと誘うような日でも、傘が折れ曲がりそうになるくらいの激しい土砂降りの日でも、十年ぶりの大雪が降りましたといってテレビが道ゆく人の誰かが転ぶ姿を映し出すような日でも、原子時計のように正確に午前十時にやってきては彼女のマンションの玄関のチャイムを鳴らすのだった。

彼女は建売り住宅の営業をやっていて午後十時を過ぎないと帰ってこない夫と、幼稚園児の五歳になるあまり喋らない娘と、郊外の三LDKのマンションの七階に住んでいる。その極めて平凡で何の取り柄もない彼女の許に、彼は毎日インタビューにやってくる。

インタビュアーである彼は毎日彼女に三つの事柄を質問する。一つでも二つでもなければ四つでも五つでもない。三つだけ質問をする。感情のこもらない無機質な声で淡々と質問をする。昨日の質問はこうだった。

 「あなたの愛読書は何ですか」
 「あなたが六十歳になった時何をしていると思いますか」
 「自分の子供を叱らない親についてどう思いますか」

質問の内容は毎日変わる。三つの質問はいつも何の関連もないように思えるが、彼女が気づかないだけで本当は何か繋がりがあるのかもしれない。そういった質問に対し彼女はよくわからないわと答えたり、興味ないといったり、いい加減で無責任な意見を述べたり、滅多にない事だが時には真面目に十分以上も答えたりする。

彼は彼女とのやり取りを最初から最後までテーブルの上に置いた小型のICレコーダーで録音する。左手にメモ、右手にはボールペンを持って彼女の答えを聞きながら時折何やら書き込む。彼女の答を書いているのか、それとも全然違う事を書いているのか、覗こうとしてもうまく見えた例しがなかった。

インタビュアーは彼女の夫でも父親でも母親でも祖父や祖母や子供でもない。叔父や叔母やいとこや親戚の中の誰かでもなければ友達や学生時代の同級生や先輩や後輩でもない。彼女のどこかがおかしくてその様子を調べる医者やカウンセラーでもない。彼はただのインタビュアーだ。それ以上でもそれ以下でもない。

彼が何者なのか何でいつも遅刻もせずにやってくるのか質問の目的は何なのか彼女の答えは何かの役に立っているのか分からないことはいっぱいあるが彼女は質問することが許されない。インタビューをするのは彼なのだ。(了)


〈1000文字小説・目次〉