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2013/09/05

【1000文字小説】拾ったはいいが…



「ちょっと、お父さん」

いつものように早朝のウォーキングをしていた青木夫婦の妻三千子が夫の敏充に声をかけた。途中まで並んで歩いていたのだが、いつのまにか三千子は道端のゴミ置き場にいて声をかけたのだ。

「どうした」

敏充は首に巻いたタオルで額にうっすらかいた汗を拭いながら三千子の側へ歩いて行った。二人が並ぶと驚くほど体型が似ていた。結婚当初はそれほどでもなかったのだが、三十年も連れ添っているせいか本当に良く似ていた。食べるものは同じだし、ウォーキングをするにせよ他の運動をするにせよ大抵仲良く二人でやっていたので似てきたのかもしれない。

朝の早い時間のせいで、出されているゴミの袋はいつもの半分以下だった。そのゴミ袋の中から、真新しいスポーツバッグを三千子は引っ張り出していた。
三千子は鼻腔を膨らませ、興奮した面持ちだったが、声を潜めて言った。

「これ、見てよ」

敏充が半分開いたチャックからスポーツバッグの中を覗くと、札束がギッチリと入っていた。バッグはパンパンに膨らんでいる。

「これ、お金じゃないか」

「うん、お金」

「偽札じゃないのか?」

本物かどうか敏充は疑問に思う。こんなに大量にあるなんて、どう考えてもおかしい。偽札が捨てられていたとたまにニュースでやっている。これも偽札ではないのか。敏充は札束から一枚抜き取り、日にかざして見た。

「うーん」

敏充が見る限り、偽札には思えなかった。本物だろうか。これが本物だとしたら、一体いくらになるのだろうか。

「お父さん、これ、本物っぽいわねえ」

さて、どうしたものか。
敏充は思案する。
警察に届けるべきだろうか。
届ければニュースになるだろう。我々夫婦の名前は出ないだろうが、それでも近所の人には気づかれるかもしれない。それで、ねこばばしたとか何とか陰口を言われるかもしれない。本物だとして、持ち主が現れて謝礼として何割かもらったりして、それを妬まれたり羨ましがられたり。嫌がらせの電話とかかかってきたり…。

「どうするの?」

「どうしよう」

幸い辺りに人影はない。だがここでぐずぐずしていれば人の目に付くだろう。とりあえず敏充はバッグを持って歩き出した。三千子も並んで歩く。

「さて、どうしよう」

こういったお金が度々落ちているとは思えないが、拾った人の何割かは警察へは届けないのだろう。届けないからニュースにはならない。
さて、どうしよう。
二人の歩くスピードが上がる。
家はもうすぐ。(了)


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