「探してるのはこれでしょ」
なくしてしまった家の鍵を探す為、足元に目を落としながら歩いていた健太は、その声で顔を上げた。目の前には健太と同じ年頃の女の子がいた。そのそばかすだらけの子が手に鍵を持っていた。
「これ、あんたんちの鍵よ」
「え?」
「これからよろしくね」
家の鍵だろうか。どうしてこの子が持っているんだろう? 落としたのを拾ってくれたのだろうか。
「よろしくって、その鍵、一体どこで…」
その質問を最後まで聞かず、女の子はすたすたと歩きはじめた。健太は慌てて後を追いかけた。健太が歩いてきた道を、すなわち健太の家まで歩いて行った。
「ねえ、その鍵拾ったの?」
「僕んちを知ってるの?」
女の子は健太のそうした質問に一切答えなかった。まったく聞こえないという感じで無視していた。背の高さも足の長さも同じぐらいだったが、女の子の歩く速度が速いので健太は小走りになって追いかけた。
「さあ、着いた」
健太の家に着くと女の子は晴れ晴れとした声で言った。
女の子は鍵を健太に渡さず、自分で鍵を鍵穴に差し込んだ。ドアは難なく開いた。ドアが開くと女の子は、「ただいまー」と言って健太に先立って敷居を跨いだ。それから靴を脱ぐと当然のように家の中に入って行った。
「あ、あの、ちょっと」
鍵を拾ってくれた恩人だが、勝手に家に上がりこむなんて非常識だ。鍵を持っているから、家に上がるのは当然と考えているのか。
「何やってんのよ。さあ、上がってよ」
女の子が住み慣れたこの家の住人のように言った。健太が靴を脱いで家に上がったとき、女の子は健太に向かって唐突な質問をした。
「あなた、妹が欲しい? それともお姉さん?」
「妹? お姉さん?」
「あたし、あなたの妹かお姉さんになってあげる」
「え? どういうこと?」
「だからぁ、あたしがあなたの妹か姉さんになるのよ。さあ、どっちがいい?」
女の子は両手を腰にあて、迫るように健太の方に顔を突き出した。
どう答えたらいいのか健太が思案していたとき、電話が鳴った。健太は母からだろうと思う。女の子は電話の音に頓着せず健太に、「さあ、どっちにする?」と迫った。
「お、お母さん…」
健太は、電話に助けを求めるように声を出した。
「お母さん? お母さんだって? うーん」
女の子は困惑した表情を浮かべ腕を組み、首を傾げてから弱々しく言った。
「あたしがお母さんになるのはちょっと無理だな」
残念そうに言いながら女の子は出て行った。(了)
今年のノーベル文学賞が発表されました。
カナダのアリス・マンローという女性作家が受賞です。
日本の村上春樹氏は受賞を逃しました。残念!
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