【1000文字小説】コンビニで出会う



新二が店に入ると「いらっしゃいませ」とレジの男から声がかかった。聞いた声だなと思って見ると兄の光一だった。目があった。光一は、最近家では滅多に見せなくなった笑顔をすぐさま消して怒ったような顔になった。

市の中心部で行われていた祭りのパレードを友達と見に行った帰りだった。途中で友達と別れ、一人自転車を漕いでいた新二は空いた腹を満たす為、目にとまったコンビニにパンでも買おうかと寄ったのだった。

新二は一番安い五十円のチョコパンとジャムパンと七十円の牛乳を手に取るとカウンターに向かった。光一は黙ってその様子を見ていたが、新二がレジまでやってくると「いらっしゃいませ」と明るく言った。顔は全然明るくなかった。光一は商品を受け取ると一個一個スキャナーに当てながら「五十円がおひとつ、五十円がおひとつ、七十円がおひとつ」と明るく言った。顔は全然明るくなかった。「合計で百七十八円になります」と明るく言った。顔は全然明るくなかった。

新二は財布から一万円札を取り出すと「はい、これで」と言いながら光一に渡した。一万円札を受け取りながら光一は「どうしてこんな大金持ってるんだよ」と明るくない声で言った。

「早くお釣りちょうだい」

光一はむっとした表情で五千円札一枚と千円札四枚を数えながら、その後八百二十二円をレシートと一緒に渡した。それから小さい声で、「ここで働いている事、母さんには言うなよ」と言った。

「じゃ、口止め料ちょうだい」

「なにぃ」

「喋っちゃうよ」

この野郎という顔をして光一は新二を睨み付けた。睨み付けたがレジから「ほらよ」と言って千円札を渡した。レジのお金はまずいんじゃないかなと新二は思ったが、後で自分で穴埋めするのだろう。光一は新二が足りないよとでも言うと思ったようだが、新二は案外と素直に千円札を受け取り店を出た。

新二はコンビニの前で座り込み、時折店の中の光一の様子を伺いながらパンを食べ牛乳を飲んだ。光一は案外真面目に仕事をしている様子だった。窓ガラスに『パート・アルバイト募集』というポスターが貼られている。時給七百五十円〜となっていた。光一はこのポスターを見てアルバイトを始めたのだろうか。

時給七百五十円。八時間働いても六千円。おばあちゃんからならあっという間に一万円が貰える。大人になるということは自分でお金を稼ぐという事か?
ならば子供のままでいいと新二は思いながら自転車に乗って家に帰った。

(了)

SFマガジンのリーダーズ・ストーリイが終わりました。これで雑誌でショートショートを募集しているのは、小説現代のショートショートコンテストだけになったのでしょうか。元々寂しかったのですが、さらに寂しくなりました。


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