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2014/01/09

【1000文字小説】つけられている



美津子は地下鉄に乗った。木曜日の午後だった。朝は通勤通学で混み合うのだが、二時を過ぎたこの時間の車内はバラバラとしか乗客はいなかった。美津子は腰掛けた。何となく視線を感じる。同じ駅から乗った若い女がちらちらと自分の方を見ている。知らない女だった。年はまだ二十歳かそこらだろう。働いている風ではなく学生の様に思えた。

三つ目の駅で美津子が地下鉄を降りると女も後ろに続いて地下鉄を降りた。美津子は上りのエスカレーターをかけあがりトイレに入った。あの子はつけているのか? 単なる自意識の過剰か。やり過ごすつもりで長目に入って出た。トイレから出て周囲を見渡すがもう女の姿は見えなかった。安心して美津子は歩き出した。

本屋に入って料理の本を見ていると視線を感じる。視線の方へ目をやるとさっきの若い女と目があった。女は目をそらせず、逆に美津子の方が慌てて目をそらした。美津子は本を置き本屋を出た。早足で歩く美津子が時折後ろを振り返ると女は後ろをついて来る。たまたまあの女と行き先が一緒なのだろうか。違う。明らかにつけている。何故? 現在つき合っている彼もいないので男がらみではないだろう。過去につき合っていた男の新しい女だろうか?ストーカーか? 単なる好奇心か?

美津子はブティックへ入った。躊躇せず女も後から入って来る。美津子はさっさと店を出た。店を出ると美津子はそのまま走り出した。全速力で走った。転びそうになりながらも走った。いい加減疲れてから立ち止まり後ろを振り向いた。女の姿はもうなかった。

息を整え、美津子はアーケード街をぶらぶらと歩いているとまた視線を感じる。今までどこに隠れていたのか若い女がまた美津子をつけていた。どうしてつけてくるの、と言ってやりたかったが言えなかった。気が弱いのだった。

美津子はファーストフードの店に入った。女も入って来る。美津子はハンバーガーのセットを注文した。美津子が買い終えた後女もカウンターで注文した。「二百十円になります」と言う声を聞いた瞬間美津子は外へ出た。出てから走った。息が苦しくなるまで走った。歩く人々は何事かと訝しがる。立ち止まると手にはトレー。トレーを持ったまま走っていたのだった。セットのコーラが倒れフタが外れてハンバーガーとポテトをぐしゃぐしゃにしていた。美津子は後ろを振り返った。女の姿はもう見えない。美津子はコーラにまみれたポテトをつかんで口に入れた。(了)


インフルエンザが流行の兆しだそうで…。手を洗い気をつけましょう。


〈1000文字小説・目次〉

2014/01/02

【1000文字小説】彼女はこれから



健次は里香の部屋のチャイムを鳴らした。部屋の中からは何の反応もない。人の気配がしなかった。健次はドアノブに手をやった。左右に回し引いてみるが鍵がかかっていて開かない。

里香には午前中に電話していたので、健次が来る事は知っているはずだった。知っているのに留守にしていたのは初めての事だ。買い物にでも行っているのだろうか。

日中は晴れていて心地よい陽気だったが、午後六時を過ぎて寒くなってきたアパートのドア前で健次は佇んだ。ポケットからスマートフォンを取り出すと里香へ電話をかけた。

呼び出し音が鳴る。二回、三回……、八回、九回……、出ないまま留守番電話に切り替わった。

「あ、健次だけど、今どこ? 連絡ちょうだい」と言って電話を切った。

俺が来る事はわかっているはずだから、そのうち帰って来るだろう。ちょっと驚いたような大きな瞳を申し訳なさそうに細めて「ごめんなさい、待った? ちょっと買い物してたら高校の時の友達に会って遅れちゃった」とか言って。

健次は路上に止めていた愛車のプリウスに乗り込んだ。里香はすぐに来るだろうが、部屋の前で立っているのも寒いので、車の中で待つ事にしたのだ。

車内でスマートフォンの画面を眺めているうちに、いつの間にか眠ってしまった。目を覚ますと七時を過ぎていた。一時間も眠っていた。健次は車から降りると大きな伸びをした。

二階の里香の部屋を見上げると、まだ電気がついていない。里香は帰ってきてないのだろうか。部屋の前に行ってまたチャイムを鳴らす。何の反応もない。やはりいないのだろうか。

スマートフォンに着信はない。こちらからまたかけてみる。出ない。

事故にでもあったのだろうか。連絡のとれない状況。午前中に電話した時の里香は今日はどこに行くとも言ってなかった。何か急用だろうか。それだったら連絡くらいよこしてもよさそうだ。誘拐でもされたのか。不安になる。

健次はまた車に戻った。だが、車内には入らずに、ワイパーに挟まれた紙を見つめた。何だろう、さっきはなかった。俺が眠っている間に、誰かが挟めた?

健次は紙を手に取った。

「さようなら、探さないで下さい」

それだけが書かれていた。里香の字だった。里香はアパートに帰って来て、車の中にいた健次に気がついてメモを残したのか。

どういうことだ?
探さないで下さいだって?
ここからいなくなるという事か?
アパートにはもう戻らないのか?
????連なるクエスチョン。

(了)

新年あけましておめでとうございます。今年も1000文字小説専門『1000文字ブログ』をよろしくお願いいたします。